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福岡地方裁判所 昭和25年(行)162号 判決

原告 山本政雄

被告 東谷農地委員会

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告が昭和二十五年十月十三日付東農委第一四八号を以て為した原告の異議申立を棄却する旨の決定を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、別紙目録記載土地は政府が昭和二十五年六月一日自作農創設特別措置法(以下自作法という)第二十八条の規定に基き、買取の申込を為した農地であるところ、被告において同日付福岡県知事の売渡計画樹立命令に基き、その売渡計画を定める故、買受希望者は速に申込をするよう公告を為したから、かねてその買受を希望していた原告は直に被告に対し、その旨の申込をしておいた。ところが被告は意外にも同年九月二十九日当該農地に就き、原告を買受不適格者として除外し、別紙目録記載の者を相手方とする売渡計画を樹立した。それでこれに不服であつた原告はその縦覧期間内である同年十月八日被告に対し、異議申立に及んだところ、同月十三日理由なしとしてこれを棄却された。然しながら右売渡計画には次に述べる通り違法の廉があり、取消を免れないものと考える。

(一)  本件売渡計画は既述の通り、自作法第二十八条の規定に基いて定められたものであるところ、右規定は政令第二八八号自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令(以下ポ政令という)の施行により実質的に廃止せられているのであるから、これに基いて定められた右売渡計画の違法であることは当然である。すなわちポ政令は昭和二十五年九月十一日公布施行をみたのであるが、その第一条第三項において、自作法第二十八条の規定による買取はこれを行わない旨を規定しているから、自作法第二十八条の規定はポ政令施行の日から、効力を失い従つて同日以降右規定に基く売渡計画を定めることはもはや許されない筋合といわねばならぬ。尤もポ政令第一条第三項は自作法第二十八条の規定による買取はこれを行わない旨規定しているだけで、他に別段の経過規定が存しない故、ポ政令施行前既に買取の申込が為されている農地に就いては、その施行後も矢張り自作法第二十八条の規定による売渡計画を定むべきではないかという疑義がないではないが、ポ政令がその第一条第四項において、自作法第三十条の規定による買収はこれを行わない。但し昭和二十五年七月三十日までに買収計画の公告のあつたものはこの限りでない旨を規定し、特に未墾地に就いては、自作法による買収を行わないものの限界を定めているに反し、第一条第三項の場合には何等の限界規定おも設けなかつた趣旨から考えると、前記の場合でも矢張り、自作法第二十八条の規定により売渡計画を定めることはこれを許さない法意と解するを相当とする。以上要するに本件土地に就いては、ポ政令の規定する強制譲渡計画を定むべきところを、なお従前の自作法第二十八条の規定による売渡計画を定めたという点に違法の廉が存するのである。

(二)  仮りに(一)の主張にして理由がないにしても、原告を相手方として定められなかつた本件売渡計画には、裁量の範囲を逸脱する著しい不当の廉がある。すなわち、政府が自作法第二十八条の規定により買取の申込を為した農地に就いては、別段売渡を受くべき者の順位に関し、基準の定めはないけれども、矢張り条理上の自らなる順序があるというべきところ、原告は自作法第十六条の規定により、本件農地の売渡を受けていた前田憲三、前田小夜子(同人等は右の通り本件農地の売渡を受けておりながら、自ら耕作することがなく、土建請負を業とし、専ら作男をしてその耕作の業務に当らしめていた)から昭和二十五年十月二十五日、血のでるような金五十万円を調達して、その家屋敷、附属山林、及び農機具一式を買求め、前記農地に就いては、将来その所有権の移転が可能となるまでの間、事実上原告が前田の作男として、これを耕作するという契約を取結び、爾来専業農家として、朝に星を見、夕に月を戴くの全精力を傾注し、その耕作に精進しつゝ今日に及んでいるのであつて、もつとも本件農地と因縁の深い者であるから従つて前田等に自作の意思なきものとして本件農地を先買し、更めてその売渡計画を定める場合には、上敍の事実を尊重し、原告をその第一順位の相手方とすることが当然であり、斯る事実に眼を覆い、原告を買受の不適格者と為し、これを何等の関係なき者に売渡すということは著しく不当にして違法の措置といわねばならぬ。

以上の次第で本件売渡計画は違法であり、従つて原告の異議申立を理由なきものとして棄却した決定の違法であることは当然であるから、ここに原告は被告に対し、右決定の取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告の答弁事実を否認した。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告が単にその主張の如き事情により、本件農地を耕作しているという点を否認し、その余の事実は原告の法律上の見解乃至認定の点を除き必ずしもこれを争わない。而して原告は被告の為した本件異議申立棄却の決定を違法として、取消を求めているのであるが、右決定に原告主張の如き違法の廉のないことは次に述べる通りである。

(一)  原告は自作法第二十八条の規定による買取の申込が、ポ政令施行前に為された場合でも、その施行後は同条の規定による売渡計画を定めることは許されない旨主張しているが、ポ政令にはこのような解釈を肯認し得べき何等の規定も存しないのであつて、右見解は原告の独断的謬見というの外はない。つまり自作法第二十八条の規定による買取の申込と同条の定める売渡計画とは互に牽連する不可分の処分であるから、ポ政令施行前有効に買取の申込が為されている場合には、ポ政令が特にこれを無効とする趣旨の規定を設けない以上は、矢張り同条の規定による売渡計画を定むべきことはむしろ当然の事由といわねばならぬ。

(二)  次に原告は本件農地に就き、現に耕作の業務を営んでいる者であるからその売渡計画は、原告を相手方として定めるのが当然であるという。然しながらおよそ農地は当事者間の自由なる契約により、その所有権、賃借権、地上権、その他の権利の設定移転をなすことは許されず、而も本件農地は原告の自陳するように前田憲三、前田小夜子等が今次農地改革によつて売渡を受けた。いわゆる創設農地であるところ、原告は昭和二十四年十月二十五日闇売買に因つて前田からこれを譲受け、その耕作を為しているのであるが故に、右売買は法律上無効であり、従つてその耕作は別に法の保護に値する正当のものといい難いことは勿論、却つて農地調整法第四条の規定に違反する違法の耕作というべきであるから右農地に就き、原告を相手方とする売渡計画を定め得ないことは当然のことであつて、而も原告の過去における事業経営の実績に徴するときは、原告を特に本件売渡計画の相手方として定められた者に比し、その農業経営能力乃至耕作条件において著しく優れたところの適格者とは到底これを認めることができぬ故結局本件売渡計画には原告主張の如き、不当性はないといわねばならぬ。

以上の通り本件売渡計画は適法で何等違法の廉はないから、被告が右計画を認容し、原告の為した異議申立を棄却したことは当然のことであつて、本訴請求は理由がないと陳述した。(立証省略)

三、理  由

別紙目録記載土地が自作法第十六条の規定により、前田憲三、前田小夜子等が売渡を受けたいわゆる創設農地であるところ、昭和二十五年六月一日福岡県知事から自作法第二十八条の規定による買取の申込が為され、続いて被告がこれに就き、同年九月二十九日別紙目録記載の者を相手方とする売渡計画を定めたこと、及び買受の申込をしていて原告において、その主張の通り被告に対し、異議の申立に及んだが、これを棄却されたことはいずれも当事者間に争がない。よつて原告の(一)の主張につき、考えるに原告は自作法第二十八条の規定による買取の申込がポ政令施行前に為された場合でも、その施行後に同条の規定による売渡計画を定めることはポ政令の許さないところであるという理由により、本件売渡計画を違法と主張するのであるが、大体本件農地は前記の通り、前田憲三、前田小夜子等が売渡を受けていたものであつて、前田等がこれに就き、強制譲渡計画を定むべきであるという理由により、本件売渡計画の取消を求めるのであるならば格別原告は、右農地に就き何等の権利をも有する者ではないのであるから、これに就き、ポ政令の定める強制譲渡計画が定めらるべきか、或はなお自作法第二十八条の規定による売渡計画が定めらるべきかどうかということについては、別段法律上の利害関係が認められず、従つて原告がこのような理由により、本件売渡計画の違法を争うということは、そのこと自体法律上の利益乃至必要がないものとして許されぬといわねばならぬ(尤も原告が事実上本件農地を耕作していることは後記認定の通りであるが、このことの故を以て原告に前記の理由により、本件売渡計画の違法を争う法律上の利害関係があると認めることはできない)。而も政府がポ政令施行前既に買取の申込を為し、その所有に帰属するに至つた農地に就き、強制譲渡計画を定めるというようなことは、ポ政令の全く企図していないところであつて、このような農地に就き、自作法第二十八条の定める売渡計画を樹てることは、むしろ当然といわねばならぬから、原告の前記主張は理由がない。

次に原告の(二)の主張につき調べるに、原告は本件農地に就き現に耕作の業務を営んでいる者で、これともつとも因縁が深いのであるから、その売渡計画は当然原告を相手方として定めらるべきであり、原告を不適格者として除外する本件売渡計画は著しく不当として違法であるというけれども、成立に争のない甲第三号証、甲第四号証の一、乙第一号証の一、二、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第四号証の二、乙第二号証の一乃至四、乙第二号証の九、乙第四号証、証人延吉琢馬、大森保、山本秋義の各証言、証人岡野幾太郎、後郷音吉、前田小夜子の各証言の一部及び原告本人尋問の結果(第一回)の一部(いずれも後記措信しない部分を除く)に弁論の全趣旨を綜合して考えると、本件農地は前記の通り前田憲三及び、前田小夜子等が今次農地改革によつて、売渡を受けた創設農地であるにも拘らず、同人等において、事業の失敗に因る負債整理のため、右農地を含め家屋敷、附属山林、農具一式を売りに出し、昭和二十四年十月二十五日原告においてこれを代金五十万円を以て譲受け、爾来今日までその耕作に従事してきたのであるが、農地に就ては県知事の許可又は農地委員会の承認がない限り、これを自由に売買することは許されず、殊に本件農地は創設農地である関係上、後日政府の買取の申込が為されるやも計り難いというところから、当事者話合の上で右農地に就いては、後日その売買が許されるようになつた暁に、更めて売買の形式をとることにして、そのときまでは表向きでは原告を前田の使用人乃至作男ということにしていたところこれが次第に世間の噂に上り、東谷農地委員会の知るところとなつて、遂に昭和二十五年六月一日福岡県知事からその買取の申込が為されるに至つた事実を認めるに十分であつて、原告は自分は真実前田の作男に過ぎない旨主張するけれども、前顕証拠中、これに副う証人岡野幾太郎、後郷音吉、前田小夜子及び原告本人の各供述部分は爾余の証拠に照して措信し難く、却つて前顕各証拠によれば、昭和二十五年十月二十五日以降原告が本件農地耕作の主体となり、その公租公課も原告においてこれを負担し、その収穫に係る米麦も原告名義を以て供出し、その他恰も原告が所有者の如くにふるまつてきた事実を認めることができるのであつて、これ等の事実はすべて前記認定の通り、原告が実質的には本件農地を買受けたものであることを裏書するに足る証左ということができる。そうすれば原告が現に本件農地を耕作しているというものの、これは別に法の保護に値するものでないことは勿論、却つて農地調整法第四条違反の不法耕作というべきであるから、従つて本件売渡計画が、原告の耕作の事実を無視し、原告を相手方として定められなかつたということは、むしろ当然のことであつて、又原告が本件農地を買受け度く希望しているのも情においては尤な次第ながら、右の如き耕作の事実を尊重して売渡計画を樹てるということは、厳格にいつて法の趣旨に反するものといわねばならぬ。然のみならず大体自作法第二十八条の規定に基く政府の先買農地に就いては、その売渡の相手方となるべき者の順位に関し、何等基準の定めがなく、然もその売渡計画は国民に利益を与える処分であるから、これに就き何人を相手方とする売渡計画を定めるかは、相手方たるべき者が適法に買受の申込を為し、将来農業に精進する見込のある者である限り、その範囲において、その計画を樹立する農地委員会の自由裁量に委ねられたものと解すべく、従つてたとえその裁量に誤りがある場合においても、当不当の問題を生ずるにとどまり、違法の問題には及ばないものというべきところ、当裁判所がその成立を肯認する乙第二号証の八、第八号証によれば、本件農地の売渡を受けた旨は、いずれも適法に買受の申込を為した将来農業に精進する見込のある者であることが認められるので、原告を含む他の買受申込人にたとえ同様に将来農業に精進する見込のある者があるにしても、このことの故を以て直に本件売渡計画はこれを違法と為し難いものといわねばならぬ。尤もこの場合においても、その裁量を誤ることが著しく、その不当性が著しいときにおいては、原告主張の通り法規裁量を誤つたと同様に矢張り違法性を帯びるものと解すべきではあるがこのような事由はこれを主張する者に立証の責任があると解するを相当とすべきところ、原告の提出援用に係るすべての証拠によるも、本件売渡計画に別段右の如き甚しい不当性があるという事由を認めるに足るものがないので、結局右計画は適法にして、違法の廉はないというべきである。然らば本件売渡計画は適法で原告主張の如き違法の廉はないから従つて、被告が右計画を認容し原告の為した異議申立棄却の決定を為したことは相当で、その取消を求める本訴請求は理由がないことに帰するから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 入江啓七郎)

(目録省略)

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